ヤギの屠殺を「残酷だ」と感じる私たちは、「肉が届くまで」をどこまで知っているのか

私がやっているウガンダのスタディツアーでは、参加者と一緒にヤギの屠殺から解体までを見ています。日本では、屠殺する場面を子どもに見せることに「残酷すぎる」と抵抗を感じる人もいると思います。でも、肉を大量に食べ、時には捨てる社会は残酷ではないのか。私は屠殺に立ち会うたび、肉を食べることについて考えさせられます。
原貫太 2026.10.03
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「ヤギを殺すなんて、残酷すぎる」

ウガンダで実施しているスタディツアーでは、ヤギの屠殺から解体までに立ち会う時間があります。

ヤギを屠殺する直前の様子

ヤギを屠殺する直前の様子

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  • 「残酷なもの」を見えなくした社会
  • 「命に感謝する」で終わっていいのか
  • 答えより、問いが残る
  • ウガンダで、答えではなく問いを持ち帰る

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