殺人を強いられた人を前に——共感できない相手を、どう理解すればいいのか?

自分には到底共感できない相手や考え方を前にしたとき、私たちはどう向き合えばいいのか。殺人を強いられたウガンダの元子ども兵士への取材をきっかけに、「共感」と「理解」の違い、そして相手を「ジャッジしない」ことの意味を考えました。
原 貫太 2026.09.19
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アフリカをはじめとした紛争や貧困の現場では、自分とはまったく違う環境で生きてきた人たちに出会います。

戦争で家族を失った人。厳しい貧困の中で暮らしてきた人。そして、子どもの頃に武装勢力に連れ去られ、人を殺すことを強いられた人。

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  • そもそも「分かる」なんて思えなかった
  • 共感できなくても、理解しようとすることはできる
  • 自分の「正しさ」をいったん括弧に入れる

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